いつも週末には都内のすき家で昼食を取ります。すき家は高タンパク、低脂質の料理がありますので。
今日もいつも通りすき家へ行くと狭い店内はほぼ満席の状態。
辛うじて2人掛けのテーブル席が空いていたので座りましたが先客のお盆がまだ残っていました。
少ないスタッフは調理と配膳でそれどころではない様子。牛丼屋(定食屋)ではよくあることです。
たまたまでしょうが店内に高齢者が多かったことで少し気になったことがあります。
セルフレジが使えない高齢者
70代後半と思われる男性がトイレから戻って席につこうとすると別の60代前半と思われる男性が座っていました。70代後半の高齢者がそこは私が座っていた席で注文もしてしまったけどここ(空いている隣の席)に座って注文したものを食べます、のようなことを言っていました。注文は各席にタッチパネルが設置されておりそこからおのおの注文するシステムで今やどこの定食屋も採用しているお馴染みのシステムです。
60代前半の男性は自分もすでにxxxを(同じタッチパネルで)注文したといいスタッフに声をかけて確認しました。しかしどうやらお二方は同じものを注文したようで問題なく済んだようです。ここまでは何人かの客の注目を浴びただけで済んだのですが、今度この70代後半の男性が支払いの段になるとセルフレジを使いこなせず、スタッフに声をかけるも少人数で切り盛りしているため忙しくてレジまで行けずにいるとその高齢者の後ろで支払いを待っていた30代と思しき男性が助け舟を出して代わりにタッチパネルを操作してくれことなきを得ましたが、その高齢者はありがとうも言わずさっさと店を出てしまいました。
娘(妻?)に依存する高齢者
4人掛けテーブル席で2人の男女が座っていました。1人は60歳前後の女性、もう1人は80代前半と思われる男性です。親子か?夫婦か?2人が注文したものが届いた時女性が店のプラスチックの割り箸ではなく割り箸をスタッフに要望しました。スタッフは持ち帰り用の割り箸を提供しました。この割り箸は高齢男性が食べやすいようにと考慮したものらしい。
そしてこの80代の男性はご飯を食べているとき食べ物が気道に入ったのか2度ほど激しく咳き込んでいましたがその姿は病院食を食べている高齢者のような錯覚を覚えました。そして食事が終わると父親は「お茶」といいその娘(妻?)がポットに入ったお茶を取りに行き父親(夫?)のために入れて上げました。
私はその80代の高齢者の後ろの席にいたのでよく見えました。自分では何も動かず全て娘(妻?)にしてもらう高齢者。あたかもそれが当たり前のような態度。
いずれにしてもこの80代と思われる男性には横柄感が漂い私は不快感を持ちました。
私は一人者でなんでも自分でこなさなければならないので、先日も冬期の室内用としているお古の登山用中厚の靴下の踵に穴が空いたのでもう少し履けると思って糸でその穴を繕いました。私も高齢者になりあの小さな針の穴に糸を通すことなどできず、ユザワヤで糸通しを買ってそれで糸を通しています。
この高齢者はその人生の中で自分で針作業などしたことはないでしょうね。
身近になんでも言えばやってくれる人がいる高齢者はその心身はどんどん退化していきます。
しかもそれが当たり前と思っているとその介護者がいなくなったらどうするのでしょうか。
自分の死に時を考える
・セルフレジを使えない高齢者を笑うつもりは全くありません。私も初めてセルフレジを使ったときは戸惑いましたから。問題はなぜ手伝ってもらった男性に感謝の言葉を言わずさっさと店外へ出たのか。これって高齢者あるあるで助けてもたっらことをすっぽり抜け落ちるが如く忘れてしまい感謝の気持ちを伝えることができないからです。言い換えれば、対人関係が非常に疎くなりその対応の仕方を忘れてしまうのです。かつて自分がしていた当たり前のことができなくなるのです。一種の認知症かもしれませんね。
あの姿を見て私はもうあの人は死に時なのではないかと思いました。自分の尊厳を失う前に死んだ方が本人のためにいいのではないかと。
私も人ごとではなくいつかああるかもしれない、あるいはすでにどこかであんな真似をしているのかもしれないと思うとゾッとするのです。
・もう一人の80代の高齢者も身近になんでもやってくれる人がいるとそれが当たり前となったつい横柄な態度になってしまうことがままあります。頭髪も白く薄くポヤポヤで一度正面から顔を見ましたが正気のない感じがしました。この方ももう死に時でしょう。
すき家に来る方々ですから私同様とてもリッチとは言えない経済環境なはず。まだまだ生きたければできるだけ自分のことは自分でしてください。介護が必要であればそういう手続きをすればいいのです。
本当に不快で人ごとながら「あんたは何様だ」と思ってしまいました。
感謝の気持ちを伝えるは難しい
・上記は自戒を込めて言っています。私もずっと一人で生きてきたと思っていましたが実はそんなことはなく誰かしらの助けがあって今こうして生きていられるわけです。
・振り返ってみると人に感謝することはほとんどなかったのではないでしょうか。特に若い時は感謝の言葉なんて「ケッ!」「馴れ合いか!」と思っていた方ですから。つまりはそんなことを感じる余裕すらなく心身ともの小さかったのです。
・昨年右股関節を人工にするため入院しました。看護師さん達の重労働な仕事には感謝の気持ちを持ちましたが結局そんな言葉も告げずに退院してしまいました。結局人間性の問題ですね。私も人間失格かな?
終わりに
・ふとした時に自分の死に時を考えさせられます。ジムに、山に行った時もそうです。自分より高齢の方々の姿を多く見るにつけ自分もあのくらいの年になったらああなるのかな、とか。今はまだなんとか動ける身体ですがいつかはああなるのかな。その時生きていることがたまらなく嫌になるのではないか。
・結局は今を生きるしかないのか。なんだか話が重くなってしまい申し訳ありません。
















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