2泊3日の札幌の実家滞在で今日は帰京の日です。毎年慌ただしい出発となります。
元旦の夜の出来事
年末年始の札幌は寒気に包まれました。とにかく寒かったです。元旦はほとんどのお店が休業ですので活気はありませんが、狸小路やススキノの一部の一杯飲み屋や居酒屋は観光客相手に開いていました。
2日の朝は7時半過ぎに出るので夕食を取ってシャワーを浴びて11時頃就寝。というか母は9時前に就寝。姉も10時半過ぎに就寝。老老は寝るのが早いのです。
11時頃就寝と言っても私は普段12時半過ぎに布団に入るので眠たくなく寝ながら読書。
掛け布団が羽毛でないので重くてなかなか寝付けません。すると12時頃何やらキッチンの方でガザガサ音がします。また認知症の母が徘徊しているんだなと思いましたがそのままウトウト。
さらにまたガザガザすると思ったらいきなり私の寝ている部屋を引き戸を開ける音が。また母が徘徊しているとすぐ理解。そのまま寝た振り。スマホを見ると午前3時17分。
きっと姉の部屋に行ってまた「知らない人が寝ている」と言っているに違いありません。以前もそうでしたから。姉が慢性寝不足になるはずです。
1月2日帰京の日
6時50分、スマホのアラームで起床。毎度のことながら熟睡できない実家。
7時45分、雑煮を食べて実家を出ます。玄関で母が「またお盆の時にお墓詣りに来て」と言うと姉が「正月しかこないのよ」と言い返します。
私は「年に2回も来る金があるか!」と毒づきたくなりましたがいつものように無言で家を出ます。
一抹の寂しさとホッとした気持ち。
今年は姉と結構スムーズに話せましたね。昨日のブログのように私は「愚痴」をこぼしてしまったのでそれに対して姉も少し胸襟を開いたのでしょう。
私に金がないことがようやく実感してわかってくれたようです。
帰りがけには私が毎日摂取している「無塩素焼きのアーモンド」のほか「ミックスナッツ」「オランダ産チーズ」「ピスタチオ」を持たせてくれました。この時期山で必要なポケットティシュもたくさん。
札幌から東京に向かう。午前10時30分の便でしたが新千歳空港混雑のため30分遅れ。おまけに飛行機も座席数の多い飛行機の変わったので私の予約席も「勝手に変更」されました。この便はフィリピン航空とタイアップしているようでフィリピン人らきし家族もチラホラ。雪が見たかったんでしょうね。
姉の話だと北海道には台湾人が多いとのこと。雪が降らない国(地域)はやっぱり憧れるのでしょうね。
ともあれ耳が痛くなるも無事羽田空港に到着。
有楽町のスタバにて
モノレールに乗って羽田空港→浜松町→有楽町へ。
有楽町のスタバで一息。正月の新宿の混雑ぶりを予想して茶店はどこも満席だと思ったので。姑息にも近所のFamily Martでサンドイッチを買ってきてスタバで食べました。食べ物持ち込みはいけないことなのですがこの方が安上がり。それにスタバのサンドイッチは「高くて」「まずい」のです。
丹沢山系、奥多摩系、高尾山系のヤマレコを見て元旦の登山状況を確認。
元旦から皆さん山に行ってますね。私も今週近場の山へ行くつもりです。
追記
退職以来毎年のように年末年始は実家に来ていますが、これまた毎年のように私の経済状況から「これで実家に来るのも最後かも」と思って来ているので自分でもまた来てしまったと「おかしく」なってしまいます。
それにしても母は長生きです。もう女性の平均寿命87歳を超えました。確か89歳ですから90歳の卒寿(そつじゅ)には東京・船堀にある母親の実家のお墓参りに行きたいとのたまっているようです。知るか!それにしても母親系家族のお墓が船堀にあったとは全く知らず。
私より4歳年上の姉はもう年金をもらっていますので余裕でしょうね。私はまだ3年先です。しかもその年金も家賃を払ったら無くなる程度なので焼け石に水です。
今年こそ(←毎年言っている)ネットビジネスでお金が入りますようにと祈るばかりです。
アイキャッチ画像は札幌駅とススキノの中間にある西4 丁目の「パルコ」です。昔は流行っていたのですが、札幌駅再開発でJRタワーができて以来すっかりパルコ周辺は寂れてしまいました。向かいには4丁目プラザや三越があります。
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